名古屋市港区の干拓(新田)について(17)

名古屋市古民家耐震の参考として

愛知県名古屋市港区干拓地 福田前新田について

寛延二年(1749)に上萱津村の林善蔵が開発したもので、開発後、自ら居住した。その後経営不如意となり、名古屋の伊勢町岡田家へ売渡した。
東を流れる福田川は屈曲しているので、いざという時に排水の用にならず、沿岸一帯はたびたび水害をもたらした。享和二年(一八〇二)新居屋から南へ悪水路が掘られ、西福田新田と共に福田川悪水普通水利組合が組織されたが、それでも上流と下流では標高差が大きく、この辺は常に出水の不安にさらされてきた。
昭和二十九年協和土地改良区が設立されたが、昭和三十四年の伊勢湾台風には甚大な被害を受けた。今は福田川沿岸の樋門による自然排水のはか、ポンプ場が設置されている。

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