濃尾平野の地史(1)

基盤岩類-1

地質学でいう基盤は古生代よりも古い地質時代の岩石で構成されている。濃尾平野の生いたちを考えるうえでは、古生層・花こう岩に第三紀層も加えたものを地質構成上の基盤とみることができる。 濃尾平野は西南日本内帯の東部に属している。西南日本ほ中央構造線と呼ばれる大断層帯によって内帯と外帯とに分けられる。外帯には三波川帯、秩父帯、三宝山帯、四万十北帯、四万十南帯がが並び、内帯には領家帯、美濃帯、三群帯、飛騨帯があって、中生代末の花こう岩がこれらを貫いている。 古生代から中生代にかけて存在していた本州地向斜に堆積した海成層は、中生代後期までに地殻変動をうけ、変成帯をつくった。

この変成帯の軸部を構成するものが三波川帯の結晶片岩と債家帯の片麻岩と花こう岩である。軸部の両側に未変成のまま残った古生層がいわゆる秩父古生層である。三波川帯、領家帯の関係と似た関係にあるのが三群帯,飛騨帯であるが、飛騨帯などは領家帯などよりさらに1億年以上も古い別の変成帯を構成している。 濃尾平野の大部分は古生層の美濃帯の上にあり,一部が領家帯の上にある。両帯とも中生代末までに褶曲を終え、花こう岩も貫入したので、これ以上は褶曲できない状況になってしまった。そこで第三紀層の堆積前には二次的な基盤が完成していたといえる。

濃尾平野では第三紀前半の地層ほ堆積していない。第三紀後半の地層ほ著しい褶曲運動受けていないから,第三紀以前の地層や岩石と第三紀後半以後の新生代の地層との強度の差ほ大きい。しかし新生代のうちでも、第三紀層と第四紀層とでは、地層の強度に差があり,建築物や構築物の基礎として第三紀層を含めて基盤と考えてもよいであろう。

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